政策の失敗が生んだ中国の孤児たち
物に憑かれたような怖い顔で母ちゃんが僕の左耳をつかんで耳朶(たぶ)に鋏を入れた。
激痛と滴る血に驚いた僕は「疼死了、媽媽不要剪」(痛いよ、母ちゃん切らないで)と泣き叫ぶ。
血だらけの左の耳朶は断ち切られてはいなかったが、意を決した母ちゃんは逡巡することなく、次に僕の右耳をつかんで一気に耳朶を切り落とした。
れは今から47年前の1960年に上海で捨てられて孤児となった、当時2歳にも満たなかった劉正峡の脳裏に深く刻まれた記憶である。
Posted at 20:44
|
|
この記事のURL
この記事のURL
http://definitely.weblog-blogger.com/entry2.html